LOST

そこに”俺”は存在しない。 誰も”俺”を見やしない。 それでも勝手に”俺”を作り上げて、 その”虚像の俺”を求めてくる。 演じてやるよ。 厭きるまで。 俺が壊れてしまうまで。 「…痛かった?」 なんだか、優しい匂いがした。 【 lost 番外編、昏 】 ただ一人。 たった一人でも本当の”俺”を見てくれるなら…。 どんなに幸せだろうか。 俺には全く想像できない。 俺の親父は大企業の社長だ。 周りの目は好機に溢れ、隙在らば取り入ろうとしてくる。 親父の口癖は、 「いいか、周りの虫けら共は屑だと思え、決して気を許すなよ。」 だった。 幼い頃からずっとそう言われ続けてきた。 5歳上の兄貴はその親父の望み通りの功績を残している。 俺とて例外ではなかった。 幼等部、小等部、中等部…どれも首席で卒業し、生徒会長もやった。 幸い顔はよかったし、”良い人”を演じていれば回りはころっと騙されてくれた。 それは家族も例外ではなく、俺は家でも”俺”という演技をし続けた。 けれど人間は万能じゃない。 コンピュータのように、いつも正確ではいられない。 初めはちょっとしたゲームのつもりだった。 いつ、誰が、こんな最低な俺の本性を見破るのか。 その時の相手はどんな反応をするのか。 詐欺だと俺を罵るだろうか。 可哀想だと俺を哀れむだろうか。 どっちでも良い。 何でも良い。 ”俺”を見つけてくれるなら、それだけでいいんだ。 楽しかったゲームは、だんだんとつまらなくなっていった。 それどころか、”俺”じゃない”俺”がみんなに出来上がってしまっていた。 それは予想外の事で、とてつもなく息苦しかった。 あまりにも息苦しくて、俺は夜な夜な出掛けるようになった。 いつの間にか夜の仲間もできていて、つるむようになっていた。 ”blood rain” 別に俺がつけたわけじゃない。 気が付いたら勝手についていた。 好き放題暴れまわった結果の通り名だった。 少しでもたて逆らうヤツはぶっ飛ばしてきた。 そうしたら再び、違う”俺”がそこにいた。 仲間の中心で、無表情に…ぼこぼこになった相手の顔を殴っている”俺”が。 その手は赤く染まり、辺りには鉄錆のニオイが充満していた。 仲間はそんな俺を、恐れ、憧れ、羨望した。 俺は絶望した。 ”コレ”が”俺”の本当の姿なのかと。 楽しくも無いのに笑う”俺”と生きた屍のような”俺”。 逃げ場を失った気がした。 そんなときだった…とある族の話を聞いたのは。 「…”風神”?」 随分古典的な名前だと思った。 なんでも、つい最近現れ始めた集団で、それぞれの容姿がとてつもなく個性的なのだという。 更に情報通で、悪名高い族を潰しているらしかった。 「この間、その現場見たんすよ!」 こうしたように一人が言った。 その目はきらきらと輝いていて、 俺が奴隷のように使って良いようなヤツじゃないと思い知らされる。 俺にはもうそんな目はできないだろうから。 そんな俺の心のうちを知る由も無く、そいつは言う。 「4人ですよ!たった4人。そんな少人数で乗り込んできたかと思えば、 ものの10分で50人を伸しちまったです!」 「マジで!?どんだけ強いやつらな訳!?」 「いや〜…アレはまさに神業っした!」 「そんなに、褒められたものじゃないんですけどね…」 そいつが一人感動を噛み締めながら熱演していると、静かな声が響いてきた。 俺たちは一斉にその声を辿った。 そこには4人分のシルエットがあった。 俺は思い出した…そういえばここも悪名高い族だったって事を。 他の奴らもそのことに気付き始めたのか警戒を強める。 それを悟ったかのように4人の内の一人がクスリと笑ったのが俺には分かった。 「なんのようだ?」 俺は問う。 答えは分かりきっていたけれど。 「僕達は通りすがりの族潰しですよ。”風神”って呼ばれてるらしいけど。」 「ちょっと爛、押さないでよ。」 「うるせぇな、女みたいに喚くな、女顔。」 「ちょっと、それどういうこと?ボクのどこが女みたいなのさ!」 「…女顔は良いのかよ」 「はーい、そこまで。今シュンがきめてるところだから大人しくポーズとってよーな。」 「や、別に良いんですけどね?今日もさっくり潰しましょうか。」 途端、挨拶もそこそこに4人は走りこんできた。 もともと頭に血の上りやすい奴らが多かったから、俺たちの溜まり場はすぐに戦場と化した。 次々と倒れていく仲間を俺はただ興味なさそうに見ていることしかしなかった。 だって、こいつらも学校の奴らと同じだったから。 勝手な”俺”を作り上げて群がってきていただけだ。 どうなろうと知ったこっちゃ無かった。 「っ…昏さ、…」 何故戦わないのか…仲間の一人が床に崩れ落ちながらそんな目で見てきた。 だって今日は気分じゃない。 動くのが単に面倒な日だったんだ。 「抵抗しないの?」 粗方の仲間が床に沈んだところで、シュンと呼ばれていた少年が俺のほうを向いて言った。 俺は一瞬何のことか分からず、首をかしげた。 そして、その質問の意味を理解した俺は「あぁ…」と溜息にも近い声を出した。 「いいよ、解散で。」 俺は普通に言った。 あまりにも普通すぎて、周りがぽかんとなった。 意識のある仲間達は信じられないというように俺を凝視する。 俺は、そんな奴らを無視して座っていたソファから立ち上がると、 そのまま倒れている仲間を横切って、出口に向かった。 「昏さん!!」 最後に誰かが俺の名前を呼んだが、俺は振り返らなかった。 地下にあった溜まり場から地上に向かって階段をのぼると、雨の音が聞こえてきた。 「…雨か…」 そして俺はそのまま躊躇いも無く雨でずぶ濡れのコンクリートを歩き始めた。 時刻は深夜だったため、辺りは真っ暗だ。 今の俺にぴったりじゃないかと自嘲気味に笑い、髪を掻き揚げる。 雨は嫌いじゃない。 とても静かだから。 「後は俺ごと流れて行ってくれれば良いのに…」 「それは無理でしょう。」 うわ言のように呟いた言葉に、聞き覚えのある声が答えた。 俺はゆっくりと振り返る…と、そこにはやはり”風神”がいた。 皆一様に濡れていて、はしゃぎ回っていた…一人を除いて。 「俺になんか用?」 「あまりにも無責任な総長みたいですね。」 「なった覚えはないよ。」 「でも、彼らにとってはあなたがトップだ。」 「知らないね…俺はただ暇つぶしがしたかっただけ。」 勝手にチーム名が決まったように、勝手にできていたのだ。 だから俺はいつも一人で行動しているつもりだったし、実際一人だったと思う。 いつからか、俺のいつ場所に1人2人と集まってきて終いにはチームになっていた。 「あいつらは俺を美化しすぎてる。 俺は、あいつらの思うようなカッコイイ存在でもなければ、敬われる事もしていない。」 全ては周りが勝手にやったこと。 それに巻き込まれたのはむしろ俺だ。 それで責められているというならそれは理不尽というもんだろう。 「勝手にイメージ作られて、勝手に期待して、勝手に…俺を壊していくくせに。 あいつらは俺には荷が重いよ。俺は人形じゃない。」 「……」 銀髪の敬語君…確かシュンと呼ばれていた少年は、静かに俺の言葉に耳を傾けていた。 学校や家族は軽いゲームを持ちかけたつもりで演じていた俺が悪い。 けれど、それに疲れて骨休めをしたくてきていた夜の街でも、 演技をしていなければいけないことに気付いてからはもうどうでもよかった。 誰も気付かない。 だれも疑いもしない。 完璧な人間なんかいやしないのに、俺にそれを求めてくる。 もう、うんざりだった。 俺はゆっくりと濡れたコンクリートに寝転がった。 相変わらず冷たく降り注いでいる雨が、余計に強く感じられた。 今からほんの五分。 濃度の強い酸性雨に変わってくれたら…死ねるだろうに。 そう思うと自然と笑みがこぼれた。 「なぁ…アンタ…強いんだろ?」 「……」 「俺と…殺り合ってみる?」 ふと、そんな言葉がでてきた。 本気で殺りあって、こいつに負けるならそれでも良い気がした。 ゆらり、体を起こす。 「…いいですよ、壊してあげます。」 「はは…頼むよ。」 俺を壊して。 程なくして、風神の他のメンバー3人は、驚きの声を上げた。 「な、に…これ。」 正確には、少女のような顔立ちをした少年が、だ。 他の2人は、目を見開いて固まっていた。 それもそうだろう。 だってそこでは殺し合いが行われていたんだから。 顔面、鳩尾…手加減なしに殴る蹴るを繰り返していた。 互いの拳は擦り剥け、いたるところから出血していた。 けれど、素直に… 「…クク…楽しい、なっ!」 そう思った。 シュンもそう思うのか、にやりと笑みを零していた。 服に雨が染み込んで、寒さと二倍にはなっただろう服の重さに体が悲鳴を上げる。 それでも、やめようとは思わなかった。 死ぬなら死んでも良い。 そう思って振り上げた拳を下ろす瞬間、聞こえてきた声に体が反応した。 「シュンっ!!」 はっとした。 俺はいい。 どうせ誰も”俺”を見ていない。 すぐに忘れて、それぞれの道を行くだろう。 だが、コイツはどうだ? 目の前のコイツは…少なからず今脇で喚いている彼らが悲しむんじゃないだろうか? そう思ったら、動けなくなった。 一気に上っていた血が冷める。 そして、俺は… 「っ!?」 一切の動きをとめた。 シュンの拳は、そんな俺の変化についてゆけず、そのまま俺の頬を殴った。 骨と骨がぶつかる小気味良い音と共に、俺の意識はブラックアウトした。 「…??」 目が覚めるとそこは見覚えの無い部屋だった。 回らない頭で昨日のことを思い出す。 そういや、随分子供くさいことをしたと笑っていると、ドアの開く音がした。 「あ、起きました?」 「…あぁ。その、迷惑かけたな。」 「いーえ、気にしないでください。楽しかったです。」 「はは、俺もだ。」 シュンは、昨日はよく見ていなかったが人形みたいに綺麗な顔をしていた。 銀髪というのが更にその神秘さを表している。 しかし、俺が昨日つけた殴った痕は痛そうに鬱血していた。 「ごめんな。」 「??何がです?」 「殴ってさ。」 「あぁ、喧嘩なんてあんなもんです。 でも、こんなに殴られたの久しぶりですね。 強いんだね、昏は。」 夜のときとは違い、少年のあどけなさを残したシュンはニコニコと話しかけてきた。 学校のヤツとも、夜のヤツとも違う態度に、俺は喜びを感じていた。 「ねぇ…」 突然、シュンの声音が変わる。 夜の時の声だった。 そして、シュンは真っ直ぐ俺を見つめなから言った。 「どうしてあの時、避けなかったんですか?」 「あぁ、それはお前は俺の我侭で殴っていい様なヤツじゃないって思ったから。」 「我侭…?」 「…あのときの俺はどうにかしてたってコトさ。 じゃ、俺帰るよ。世話になったな。」 訳が分からないという顔をしたシュンに、笑いかけると、 痛む体に鞭打ってベッドから抜け出す。 近くに掛けてあった俺の上着を羽織り、シュンが入ってきたドアに向かう。 正直しんどかったけど、早くここから逃げたかった。 シュンの真っ直ぐな目は、ぐにゃぐにゃに捻じ曲がってしまった俺の心には痛かったから。 「あ、待って…」 「ん?」 「すいませんでした。」 「何が?」 「いえ、あなただけに謝ってもらうのはどうかと思って。」 「いーのいーの。俺が悪いんだからな?」 俺は振り返らなかった。 またあの目を見るのが怖かったから。 けれど、再び部屋を出ようとした俺は、動く事ができなくなった。 「!?」 シュンが俺の腕を掴んだからだ。 俺は困惑しながらも振り向くしかなかった。 そこにはやはり、シュンが真っ直ぐな目を向けて俺を見ていた。 そして、俺の腕を掴んでいないほうの手を伸ばし、俺の頬に触れた。 少し拭う動作をされて、初めて俺は泣いているのだと分かった。 「…痛かった?」 シュンは殴られた傷の事を聞かれているのは分かっていた。 でも、俺にはもっと別のことを聞かれたような気がして、涙が止まらなかった。 そのまま、膝から力が抜けて座り込むようにして泣いた。 シュンはそんな俺を抱きしめて、小さく「大丈夫だから」と言った。 その所為で、更に涙は止まらなくなって、 涙腺が壊れてしまったんじゃないかって思うくらい泣いてしまった。 シュンは俺が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。 なんだか、優しい匂いがした。 「何で…何でお前がここに居やがんだよ!!」 俺の姿を見るや否や、開口一番に爛が言った。 ここ、とは”風神”の溜まり場だ。 つまり、あの後俺はシュンにお誘いを受けたのさ、”風神”にはいらないかってな。 俺が”風神”の溜まり場に訪れたのはその一週間後。 まぁ、あの後俺は色々考えて、転校して、マンションで一人暮らしをはじめた訳。 今言ってる学校よりも、偏差値が高いところに編入するって言ったから、 両親は大喜びだったし、学校の近場に住みたいって二つ返事でOKしてくれた。 こんなときは普段の猫かぶりが役に立つ。 「いいじゃん、仲間が増えて。俺はうれしー」 「そうそう、爛みたいに煩くないし、かっこいーし?」 蓮と艶は何かすぐ懐いてくれた。 シュンと互角に殺り合っていたのが素直にすごいと思ったらしい。 今度手合わせしてくれと、蓮からは頼まれた。 艶はどうやらシュンの次に俺の顔が好みだとか。 …俺そっちにはあんまし興味ないんだけどね…。 「何?爛おっきな声だして…何かありました?」 シュンがタイミングよく出てきたので、俺はすかさず、 「何かね、俺が嫌いみたいなんだ。」 「…昏。」 自嘲気味な笑みを浮かべると、シュンは爛をキッ、と睨み付けた。 爛は、しまった!、という顔をして口をパクパクさせている。 俺は勝ち誇った笑みを浮かべ、 シュンに説教されてどんどん落ち込んでいく爛を蓮と艶と三人で笑っていた。 それを見てシュンが、 「やっと笑ってくれるようになりましたね。」 と、爛と耳打ちしていたのを俺は見ないフリをして、二人に「アリガトウ」と呟いた。 -END-